日本基督教団満洲開拓村訓練所看板
作成年不明 58.0×17.5、 木製
満州基督村開拓団が、渡満前訓練を行っていた訓練所の看板
基督村開拓団は、キリスト教指導者・社会運動家である賀川豊彦(1888~1960)のリーダーシップのもと日本基督教連盟によって組織されました。1941年ハルピン近郊の長嶺子に入植し、8回に渡って73世帯205人が渡満しましたが退団者も多く、敗戦時には132人と約半数になっていたといいます。このうち帰国94人・死亡35人・不明3人となっています。
なお1945年4月には第2次基督教開拓団(南緑ヶ丘基督教開拓団)として11人が海を渡り、三江省樺川県に入植しました。落ち着いて生活できるようになる間もなく敗戦を迎えます。11人のうち帰国7人・死亡3人・未帰還1人でした。(敗戦時の人数は高橋健男『渡満とは何だったのか』(2013)より)
開拓団の渡満前訓練は、世田谷区祖師谷(そしがや)の基督教農村教化研究所内に置かれた「満洲基督開拓村武蔵野訓練所」で行われました。
この看板を寄贈してくれた方の父親が賀川豊彦の知人で、この研究所に勤めていたそうです。
