①吉林収容所で作ってもらったわらじ
②引揚げる時に身に付けていた腕章と名札
作成:1946年頃 作成者不明
サイズ ①15.0×.7.0 ②腕章42.0×9.0(伸ばした時) 名札(小)9cm×6.5cm 名札(大)15.2cm×10cm
これらは満洲電気化学工業株式会社に勤めていた山田兵輔さん一家の品々です。1941年頃から吉林に住んでいました。わらじは満州生まれの兵治さんが吉林の収容所にいる時に作ってもらったもの。鼻緒には名前が書いてあります。腕章や名札は、引揚げる時に身に付けていたのでしょうか。山田さん家族は1947年にそろって帰国できたといいます。
満洲電気化学工業株式会社は、1938年満州国特殊会社のひとつとして創業。「満洲産業開発五か年計画」(1937~1941)に基づき、電気化学工業・人造石油などを利用した総合開発をめざして、石灰石・石炭・水力資源などを主な原料とする電気化学工業が注目されたことが背景にあります。
会社では主にカーバイド(炭化カルシウム)を主力とする電気化学工業品や加工物を製造・販売しました。なお1940年から吉林で試験工場建設が始まりますが、戦争の影響を受けて資材不足となり、十分な操業ができないまま日本敗戦を迎えました。


