義勇隊開拓団に行っていた関恒雄さんの夏服
作成年・作成者不明
長野県小県郡和村(現東御市)出身で、1940年14歳で渡満した関さんは、第3次柏葉義勇隊開拓団に所属しました。敗戦後はシベリアに抑留、1949年24歳で帰国しました。このシャツは義勇軍の夏服として使用していたといいます。
柏葉義勇隊開拓団は1940年長野県送出の郷土中隊で、満州の一面坡訓練所で3年の訓練生活を終えた後、1943年東安省虎林県に入植しました。敗戦当時の在籍人数は310人(このうち応召等で301人が不在)で、帰国282人・死亡28人・となっています(『長野県満州開拓史・各団編』(1984)より)。
