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寄贈品 №47

個人アルバム2冊

撮影時期 1940(昭和15)年頃から1946(昭和21)年頃か 撮影者不明

サイズ ①25×21(見開き25×42)、61頁 ②15.5×23(見開き15.5×41)、134頁

池田義三さんが義勇軍として過ごした満州や、敗戦後捕虜となった沖縄での写真などを集めたアルバム2冊

アルバム①表紙

アルバム②表紙



アルバム作者 池田義三 旧姓森本、1923(大正12)年長野県下伊那郡松尾村(現飯田市)出身。
            第1次長崗義勇隊開拓団➝ハルピン嚮導訓練所➝開拓指導員訓練所 

池田義三さんは、1938(昭和13)年お兄さんとともに満蒙開拓青少年義勇軍に参加し渡満しました。2年の訓練を終えて長崗義勇隊訓練所へと移りますが、義三さんは義勇軍幹部になるための試験を受けて合格、1941(昭和16)年ハルピン嚮導訓練所に入所します。1943(昭和18)年から開拓指導員訓練所農業科に入り、卒業に向けて訓練に励みますが、同年現地召集、宮古島へ送られて飛行場建設作業に携わるなか敗戦を迎えました。1946(昭和21)年1月に捕虜として沖縄本島へ。約1年使役に従事し12月に復員しています。

 

アルバム①は主に義勇軍時代の友人や訓練所の様子を写したもので、主には義勇隊員一人ひとりの顔写真が並べられています。

アルバム②は、義勇軍期のものの他に、沖縄駐屯米軍のもとで働いていた時の写真が加えられました。捕虜として労役に服する立場でしたが、米軍兵士と肩を組んで写っているものや、労働の合間の和やかなひとときも見られます。

 

最後の方のページには短い随筆があり、満州から南方の島へ送られるようになった経緯などが綴られています。末尾に書かれた履歴書(学歴・軍歴)とも合わせて、池田さんの青年時代を偲ばせる2冊です。 

アルバム①

義勇軍時代の仲間たち

駅警備の一時 我的

*「我的」とは「私」の意


アルバム②


沖縄捕虜時代

 随筆の一部