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寄贈品 №5

下伊那在満国民学校同窓会誌 柳条の笛 第1号

下伊那在満国民学校同窓会発行 1970(昭和45)年 サイズ23.8cm×18cm 全18頁

大古洞下伊那郷開拓団の国民学校同級生たちが、当時の思い出や現在の生活の様子を詩や手記などで書きまとめた文集です。

学校へ行く途中、キジを追いかけたり、ノロジカが飛び出してきてびっくりしたこと、お友だちとお昼のお弁当の卵焼きを取りかえっこして先生に叱られたこと、片道8キロを歩くのはお腹がすくので、きゅうりを持ち歩いてかじりながら通ったことなど、子どもの頃の楽しい思い出が語られます。

敗戦後の恐ろしい体験を書きとめている人もいます。

 

「この小さな文集が北満でともに学んだ同窓生の心のきずなとして、今後ますます充実していくことを切望して止みません」と同窓会長さん。満州から帰ってきた人たちは、「引揚げ者」「いらない者が帰ってきた」というような、冷たい言葉やまなざしを向けられることが少なくありませんでした。

 

そんななか、体験を分かちあう仲間がいる、そういう場があるということは、きっと心強くうれしいことだったに違いないと想像できるのです。


【補足】

◇第8次大古洞下伊那郷開拓団:長野県下伊那郡の各町村出身者から成り、1939年から三江省通河県大古洞に入植した。『長野県満州開拓史』(1984)によると、1945年8月現在195戸950人(うち出征131人)・帰還407人・死亡381人・未帰還/不明31人。

大古洞在満国民学校は1940年4月仮校舎で開校、生徒数23人から始まった。1941年にはれんが造りの立派な校舎ができる。1944年時点で生徒数は235人、先生は10人となった。

 

◇国民学校:1941年にできた法律「国民学校令」によって、これまでの尋常小学校(6年)・高等小学校(2年)がそれぞれ「国民学校初等科」・「国民学校高等科」に変更。あわせて8年の義務教育が可能となり、「天皇のために」「お国のために」働く国民を作りだす場となっていった。